大規模研究、ヒト脳疾患の包括的単一細胞アトラスを構築
マウントサイナイ大学を拠点とする精神疾患コンソーシアム(PsychAD)は、国立老化研究所の支援を受け、アルツハイマー病、パーキンソン病、統合失調症などの神経精神疾患を対象とした、世界最大級となる単一細胞レベルのヒト脳アトラスに関する一連の研究をNature誌群に発表した。本研究は、約1,500人の脳組織サンプルから630万核以上の細胞データを統合し、疾患間の共通分子経路と特異的変化を初めて大規模にマッピングした画期的な成果である。 主要な解析により、疾患が神経細胞、グリア細胞、免疫細胞、血管細胞においてどの様に分子プログラムを変化させるかを解明。特に、統合失調症や双極性障害に関連する遺伝子は早期発生期に活性化される一方、アルツハイマー病関連遺伝子は高齢期のグリア細胞で発現し、加齢に伴う免疫再プログラミングが神経変性の潜在的誘因であることを示した。また、生後から97歳までの前頭前野データを分析したライフステージアトラスでは、24歳を境に細胞構成が安定し、60代以降にグリア細胞中心の分子変化と神経細胞の概日リズム崩壊が発生する過程を明らかにした。 遺伝的リスクの細胞特異的メカニズム解明のため、単一核トランスクリプトームと遺伝子データを統合した解析モデルが構築され、従来の組織全体解析では見逃されがちな疾患関連経路を同定した。さらに、人工知能を用いたPASCodeフレームワークとパーソナライズド機能ゲノミクス手法を組み合わせることで、認知機能低下やうつ症状、および疾患に対する回復性を予測する細胞状態の分類に成功。患者ごとの分子的多様性を定量可能な精密医療の基盤を確立した。 膨大なデータ規模に対応するため、dreamletとcrumblrという統計的差異解析および細胞組成変化測定のための計算ツールが開発され、大規模コホート解析の効率性と精度を大幅に向上させた。コンソーシアムは取得したアトラスデータと解析パイプラインを完全に公開し、神経科学コミュニティの再利用を促進している。 研究責任者のPanos Roussos博士は、本成果が創薬ターゲットの同定と次世代治療法の開発に不可欠な基盤となると強調。今後、既存データを約1万人規模まで統合・標準化し、ロボット化された高スループットスクリーニングプラットフォームを用いて特定分子経路を標的とした化合物の検証を進める計画である。本一連の研究成果は、神経精神疾患の生物学的複雑性の解明と、データ駆動型精密医療の実現に向けた重要な転換点となる。
