AIが新抗生物質の作用メカニズムを高速解明、腸内細菌に精密攻撃する可能性を開く
マサチューセッツ工科大学(MIT)とマクマスター大学の研究チームが、腸内細菌に特異的に作用する新しい抗生物質「エントロロリン」を発見した。炎症性腸疾患(IBD)の患者にとって、従来の広域作用型抗生物質は悪玉菌だけでなく善玉菌まで殺してしまうため、症状を悪化させるリスクがある。エントロロリンは、クローン病の発作に関与する特定の細菌、特に大腸菌(Escherichia coli)にのみ効果を発揮し、他の腸内細菌はほとんど傷つけないという特徴を持つ。マウス実験では、エントロロリンを投与した群は、従来の抗生物質であるバンコマイシンよりも早く回復し、腸内細菌叢のバランスも保たれた。 この発見の鍵を握ったのは、MITのコンピュータ科学と人工知能研究所(CSAIL)が開発した生成型AIモデル「DiffDock」だ。従来、薬剤の作用機序(分子が細菌内でどのタンパク質に結合するか)を解明するには数年もの実験が必要だったが、DiffDockはわずか数分で、エントロロリンが「LolCDE」と呼ばれるタンパク質複合体に結合すると予測。この予測を基に、研究チームは実験室で大腸菌の耐性変異株を生成し、DNA変化がLolCDEに一致することを確認。さらにRNA解析やCRISPR技術を用いて、脂質タンパク質輸送経路の機能障害が生じていることも裏付けた。 AIによる予測と実験データが一致したことで、研究チームは作用機序を確信した。このプロセスは従来の18か月から2年かかる研究を、わずか6か月で実現。コストも大幅に削減された。研究の主担当者であるマクマスター大学のジョン・ストークス教授は、「AIは単に新しい化合物を探索するだけでなく、作用機序の解明という、薬の開発を阻む重要な段階を加速できる」と強調する。 エントロロリンは現在、ストークス教授が起業したStoked Bio社がライセンス取得し、人間用への最適化を進めている。また、耐性菌であるクラミジア・ニューモニアエなどへの応用も検討されている。この成果は、抗菌薬耐性(AMR)の深刻化する現状において、精密な抗生物質開発の可能性を示す画期的な一歩だ。研究チームは、AIと実験の融合が、今後の医薬品開発のあり方を根本から変えると期待している。
