抑制回路が脳早期視覚野の能動処理を制御
コロンビア大学エンジニアリング研究所のNuttida Rungratsameetaweemana准教授らによる研究グループが、脳の視覚処理メカニズムに関する従来の定説を覆す画期的な発見をPLOS Biologyで公開した。従来神経科学では、網膜から得られた視覚情報が脳深部へと受動的に伝達され、大脳皮質に入って初めて高次認知処理が始まると考えられてきた。しかし本研究は、初期視覚野が単なる中継点ではなく、被験者が従うタスクのルールに応じて情報を能動的かつ柔軟に処理していることを実証した。 チームは昨年のfMRI研究の結果を受け、生物学的に妥当な特性のみを組み込んだニューラルネットワークモデルを構築し、その内部作動メカニズムを解明した。モデルは興奮性と抑制性の2種類のニューロンから構成され、知覚入力を受ける一次領域と上位の認知領域からなる階層構造を持っていた。解析の結果、上位領域から初期視覚野へタスクの文脈情報を伝達する際、抑制性ニューロンが他の抑制性ニューロンを抑制する抑制対抑制という特定の回路配線が極めて重要であることが判明した。 この配線の機能的妥当性は、生体実験でも裏付けられた。モデル内で該当接続を遮断するとタスク切り替え能力が崩壊し、マウスの視覚皮質における同様の抑制細胞を無効化した際にも、皮質がタスクの文脈を追跡する能力が著しく低下した。これは、脳の初期領域が受動的な情報伝達ではなく、認知の文脈に応じて動的に神経表現を調整する能動的システムであることを示している。 このメカニズムの解明は、次世代AI開発に重要な示唆を与える。現在のトランスフォーマー型大規模言語モデルとは異なり、本モデルは再帰型ニューラルネットワークの原則に基づき、脳が進化的に獲得した冗長性と回路効率を体現している。抑制対抑制の原理を活用すれば、大幅なエネルギー消費削減と高い適応性を併せ持つ省リソース型AIアーキテクチャの実現が可能となる。研究チームは現在、てんかん患者に埋め込まれた脳内電極を用いて直接記録を行う臨床協業に着手し、ヒトの神経活動データでモデルの予測を検証する段階に入っている。今回の発見は、神経科学の基礎理論を刷新すると同時に、バイオインスパイアードAIの効率化に向けた実用段階への移行を促進する可能性を秘めている。
