陝師大が提唱する「知識協定工学」が、専門家並みのAIを実現する鍵に
陕西师范大学の張光偉教授らの研究チームが、AIの専門分野における進化を支える新たな枠組み「知識協定工学(Knowledge Protocol Engineering, KPE)」を提唱した。この研究は、現在のAI能力の限界を乗り越えるための「第三の曲線」、すなわち「方法論驱动」の実現を目指しており、大規模言語モデルが単なる情報処理機から、構造的・論理的な専門的判断を可能にする知能へと進化する基盤となると期待されている。 KPEの核心は、人間の専門家が持つ「隠れ知識」と「作業プロセス」——たとえば歴史学における史料分析の手順や、業界標準のSOP——をAIが理解・実行可能な「知識協定」として形式化することにある。研究チームは、RAG(検索増強生成)やエージェント型AIを用いた実験で、AIの出力が不安定で、低レベルの誤りを繰り返す問題に直面。特に、学術研究においては「結果の信頼性」が不可欠であり、単に情報を提供するだけでは不十分だと気づいた。 そこでチームが提唱したのは、「AIに『自由』を与えるのではなく、『ルール』と『思考の流れ』を教える」こと。KPEを導入することで、AIは確率的な推測ではなく、協定に従った段階的推論を実行。その行動は透明で検証可能となり、専門家レベルの信頼性と効率性を実現。実験では、複雑な史料分析タスクにおいて、従来の方法に比べて誤り率が大幅に低下し、処理時間とリソースコストも改善された。 KPEの応用は広範で、短期的には数字人文研究(明清史料、地方志など)の支援、中期的には金融リスク管理や法律文書分析といった規制が厳しい分野での導入が期待される。長期的には、医師やエンジニアなど各分野の専門家が自身の「仕事の流れ」を協定化し、個別化された知識アシスタントを構築する基盤となる。 研究チームは、KPEの理論的基盤を強化するため、協定設計のガイドラインの整備や、法律・中医典籍など多様な分野への適用検証を進めている。さらに、オープンな「知識協定ライブラリ」の構築も視野に入れ、専門家が協定を共同で開発・共有するプラットフォームの構想を提示している。 この取り組みは、業界のリーダーからも注目されている。ケージュ(Capgemini)のAI責任者プラディープ・サニアル氏は、「LLMにはより多くのデータではなく、より良い協定が必要だ」と評価。KPEが示す「第三の曲線」は、AIが「知っている」ことではなく、「どう考えるか」を規定する新しい次元の可能性を示している。 張光偉教授は、「未来の競争力はデータや計算力ではなく、『実行可能な方法論』にある」と強調。AI時代の真の価値は、AIがどう思考するかを定義できる「協定エンジニア」にあり、KPEはその出発点であると締めくくっている。