AIが読み解けない「人的知識」が企業の最大の資産である理由
企業の最も貴重な資産はAIではない。AIが読み取れない「人間の知恵」である。 ソフトウェアエンジニアリングの現場には、長年にわたり会社の基盤を支えてきた存在がいる。10年近く在籍するエンジニアの一人が、なぜ2016年の古い認証方式が使われているのか、なぜ特定のレガシーなサービスに触れるとシステム全体が停止するのかを「当たり前」のように理解している。その人物が退職すれば、企業の「記憶」の一部が失われる。 長年にわたってAIは、こうした知識の喪失を解消する鍵だと語られてきた。AIがすべてのノウハウを吸収し、継続的にシステムを最適化する未来が描かれてきた。しかし2025年現在、現実の姿は逆だ。企業はAIにコードを瞬時に生成させるために巨額の投資をしているが、その基盤には「組織的記憶の欠如」が横たわっている。 問題は、AIの「知能」にばかり注目しすぎていることにある。AIがどれほど高速にコードを書けるか、どれだけ複雑なタスクを処理できるか――こうした「IQ」にばかり焦点を当て、実際にはAIが理解できない「文脈」「経緯」「判断の理由」に注目していない。 AIは、なぜその設計が採用されたのか、なぜその仕様が変更されなかったのかといった「背後にある理由」を読み取れない。それらは、書かれていない、伝わらない、記録されていない。 真の課題は、AIが「何を書けるか」ではなく、「何を理解できるか」にある。企業の価値は、AIが生成するコードではなく、人間が蓄積した「なぜ」の連鎖にある。AIは強力なツールだが、知識の「断片」を扱うにとどまる。真の知恵は、人間の経験と判断に根ざしており、それをAIが代替することはできない。 企業が持つ真の強みは、AIが読めない「人間の知恵」にある。それを記録し、共有し、継承する仕組みを構築する――それが、AI時代に生き残るための最優先課題である。
