多関係データ(知識グラフ、文献データ、情報ネットワークなど)は、現実世界のデータセットにおいて広く見られる。こうした大規模かつ複雑なデータセットを効果的に管理・探索・活用することは、依然として大きな課題である。近年、エンティティと関係を意味空間における埋め込みベクトルとして表現することで、多関係データをモデル化する手法として、多関係埋め込み(multi-relational embedding)が注目を集めている。知識グラフにおいては、多関係埋め込み手法は、これらの埋め込みベクトル間の相互作用をモデル化し、エンティティ間の関係リンクを予測することを目指す。このような知識グラフ埋め込み手法は、知識グラフの完成(completion)における重要な課題であるリンク予測を解決するだけでなく、さまざまな応用が期待される埋め込み表現を提供する。本論文の目的は、まず知識グラフにおける多関係埋め込みを研究し、既存手法を説明・改善する新しい埋め込みモデルを提案することであり、次に多関係埋め込みの知識グラフ表現および分析への応用を検討することにある。第一の研究課題において、知識グラフ埋め込み手法の理論的枠組みを検討し、その説明・改善を目指す。本研究では、代表的な意味的マッチング型知識グラフ埋め込み手法のクラスをレビュー・分析し、特に最先端の三重積ベースモデル(例:ComplEx)に焦点を当てる。分析の結果、知識グラフ埋め込みモデルが満たすべき2つの根本的な補完的側面、すなわち計算効率とモデル表現力の両立が明らかになった。従来の三重積ベースモデルは、これらの側面のトレードオフを手動で設計された相互作用メカニズムによって実現しているが、そのメカニズムは特化的かつ固定されており、最適性に欠ける可能性や拡張性の低さという課題を抱えている。本論文では、ブロック項形式(block term format)を用いた「マルチパーティション埋め込み相互作用モデル(Multi-Partition Embedding Interaction, MEI)」を提案する。MEIは、各埋め込みをマルチパーティションベクトルに分割することで、相互作用を効率的に制限する。各局所的相互作用はTuckerテンソル形式でモデル化され、全体の相互作用はブロック項テンソル形式で表現され、モデル表現力と計算コストのバランスを柔軟に制御可能となる。さらに、データから相互作用メカニズムを自動的に学習可能である。このモデルは、先進的なテンソル表現形式と現代の深層学習技術を統合し、リンク予測タスクにおいて最先端の性能を達成する。また、MEIモデルの理論的枠組みを、知識グラフ埋め込みの汎用メカニズムとして用い、既存モデルの分析・説明・一般化を可能にする。さらに、単語埋め込みや言語モデリングとの関連性を明らかにすることで、新たな知見と一般化を提供する。第二の研究課題において、多関係埋め込みを知識グラフの表現・分析に応用する方法を検討する。従来の単語埋め込みとは異なり、知識グラフ埋め込み空間における意味構造(類似性や類推構造など)は十分に研究されておらず、実際のデータ表現・分析に活用されることは少ない。本研究では、多関係埋め込み空間上で意味的クエリを用いたデータ表現・分析のフレームワークを形式化する。学術データから知識グラフを構築し、元のデータセット上で実行される多様なタスクが、適切な意味的クエリ(多線形代数演算)によって近似可能であることを示す。また、多関係埋め込み空間におけるエンティティ類推推論タスクについて理論的に考察し、未観測の関係に対して関係クエリを実行する「例による開関係クエリ(open-relational query by examples)」として定式化する。知識グラフ埋め込みと単語埋め込みの間の上記の数学的関係を活用することで、知識グラフ埋め込み空間における意味構造を分析し、前述のエンティティ類推推論タスクに対する潜在的な解決策を提案する。本研究の目的は、多関係埋め込みの最近の進展を、特に学術データにおけるデータ表現・分析の効果を高めるために応用する可能性を探索することにある。