「ライブ細胞で実験する前に試せる仮想細胞ラボを開発」
科学者たちは、実験用の生体細胞を使わずに生物学的プロセスや薬物反応を予測できる「仮想細胞実験室」の構築に進展を遂げた。この新しいコンピュータプログラムは、人間や動物の細胞の行動パターンを数学的に分析し、体のあらゆる部位の細胞の挙動を模倣するもの。インディアナ大学、ジョンズ・ホプキンス医学部、メリーランド大学医学部、オレゴン健康科学大学の研究者たちが主導し、生体細胞を使った高コストな実験を行う前に、生物プロセスや細胞のダイナミクスをテスト・予測する方法を向上させることを目的としている。 この研究は、以前のソフトウェア「PhysiCell」のワークショップから始まり、インディアナ大学の工学教授ポール・マクリンが開発した。PhysiCellは「エージェント」を基盤としており、細胞のDNAやRNAに反映されたルールに従って動作する「数学ロボット」。体のさまざまな細胞タイプがエージェントとしてマッピングされ、環境要因や治療薬、酸素などと相互作用する過程をシミュレートできる。 研究チームは、このソフトウェアをさらに進化させ、脳の細胞回路やがん、遺伝子環境の相互作用など、現実では研究が難しい現象を仮想的にテストできる「デジタルツイン」とする。マクリンは、従来のモデリングソフトは高度な数学やプログラミング知識が必要だったが、新バージョンでは生物学の知識がある研究者でも使いやすくした「新しい文法」を導入したと説明。たとえば、細胞が酸素濃度が高くなると分裂を促進するといったルールを、Excel形式で入力し、プログラムが自動的に数式に変換する。 ジョンズ・ホプキンス大学の神経科学学部のゲネヴィーブ・スタイン・オブライエン教授は、このソフトの開発を進めており、脳の細胞がどのようにして回路を形成するかをシミュレートするモデルを構築した。このモデルは、アレン脳図鑑のデータをもとに作成され、世界で初めてのものとされている。 研究の一例として、マクロファージという免疫細胞がEGFRという遺伝子経路を活性化させることで乳がんに侵入する様子をシミュレーションした。その結果、がん細胞の移動能力が高まることで腫瘍が成長することが示された。実験室で育てた生体細胞でも同様の結果が観察された。 研究チームは今後、人工知能を用いてシミュレーションモデルを作成する方法を試み、新たなデータとモデルをつなげる可能性を広げ、医療研究の進展を目指している。