AIと分散レビューで変革する学術評価の未来:過重なペアレビュー体制の課題と解決策
科学界の「査読危機」が深刻化している。欧州南天観測所(ESO)が運用するチリの大型望遠鏡「非常に大型望遠鏡(VLT)」の観測機器MUSEは、人気があり、2023年10月から翌年4月までの観測期間に3000時間以上の利用申請が寄せられたが、実際には約379晩しか観測できないため、申請数が圧倒的に多い。このため、ESOは従来の専門家による査読を担当するパネルに負担がかかりすぎて「耐え難い状況」に陥り、2022年から申請者自身が他チームの申請を査読する「分散型査読(DPR)」に切り替えた。これは、査読の労働負荷を軽減するための試みの一つであり、同様の取り組みはドイツのフォルクスワーゲン財団なども実施している。 査読制度は、学術論文や研究助成金の選定において不可欠だが、近年、論文数の急増(特にコロナ禍以降)に伴い、査読者不足が深刻化している。Publonsのデータによると、査読依頼の受け入れ率は低下し、レビュアーの「疲労」が広がっている。また、IOP Publishingの調査では、2024年時点で半数の研究者が査読依頼の数が増えていると回答。一方で、依頼が多すぎるという声は4年前より減少している。 こうした状況に対し、多くの機関が対策を講じている。一部の学術誌では、査読報酬を支給する試みが行われた。たとえば『Critical Care Medicine』は250ドルの報酬を提示し、受け入れ率が48%から53%に上昇、審査期間も12日から11日に短縮された。一方、英国の非営利出版機関『Biology Open』は、220ポンド(約295ドル)の報酬を支払い、査読完了までの平均期間を38日から4.6営業日に短縮。すべての論文が7営業日以内に初判断が下されるという成果を上げ、品質の維持も確認された。 また、査読の質を高めるために「構造化査読」の導入も進んでいる。Elsevierが220誌で実施した試験では、9つの明確な質問に沿って査読を行うことで、査読者の合意率が31%から41%に向上。さらに、査読の透明性を高める動きもあり、『Nature』は今後、すべての論文に査読報告を公開する方針を表明した。 これらの改革は、査読の労働負担を軽減し、質の向上を図るための重要な試みである。しかし、査読者池の多様化(特に発展途上国の研究者を含む)や、査読の評価が研究者評価に反映される仕組みの整備が、持続可能な解決策となる。査読は科学の信頼性を支える基盤だが、そのシステム自体の見直しが今、急務となっている。